2011年09月15日

森山大道写真展再訪、京阪電鉄撮影記

本年8月6日の記事で「オン・ザ・ロード 森山大道写真展」を鑑賞したと書きましたが、本日もう一度訪問し、鑑賞してきました。その記事のなかで森山氏の本を購入し読んだことに触れましたが、読めばもう一度見たくなるのが私の性分です。19日までですのでラストチャンスと思い、行ってきました。
終わりが近いせいか、前回よりも客が多いように感じました。しかし、インパクトは何度見ても強烈です。それでいて、一枚一枚を見ていても、あるいは全体として何を伝えたいのか、というのはやはり凡人の私にはよくわかりません。しかし、そのすべてが確かにこの地球上に過去にあったシーンであり、(正確にはシーンから作ったものと思いますが)従ってストリートのスナップ写真というのはそういう目撃した瞬間の切り取りそのものであり、森山氏がいう「写真とは『光と時間の化石』である。」ということをそのまま表したものであるというのが正しい理解なのではないかという気がします。なので、東京新宿などを犬のように歩いて撮るスタイルが、私が取り組んでいる鉄道写真撮影とある部分は共通項があるようにも思えます。鉄道写真も確かにこの地球上の過去にあったシーンだからです。そんなことを言うと偉そうな言い方になりますが、良い被写体を得るために工夫をする際、また、誰に頼まれるわけでもないのに色々なことをしている時、これからは自分自身でそんなことを感じるかもしれません。
今日も一冊本を買って帰りました。森山大道、仲本剛著「森山大道 路上スナップのススメ」(光文社新書)です。まだ全部は読んでませんが、立ち読みで気になる部分を見つけたので買いました。それは「国道」の章です。「スピードのなかで擦過する視界」というサブタイトルがついています。国道を車で走りながら視界に入るものを撮るという方法です。一聞すると、路上とまるで反対のことのように思えますが、森山氏によると「もしかしたら僕の写真に対する考え方や撮り方、興味のありようなど、すべてがそこに凝縮されるんじゃないかな」とまで言います。この章のなかで70年代に同じことをした結果、スピードに対する不安が起こり、何もする気がなくなるほどスランプに陥ったと書かれています。
私も30数年鉄道写真を撮ってますが、趣味なので落ち込むことはなかったものの、これからどう撮ってゆけば意欲が続くか、ということは何度も思ったことがあります。貴重車両を追いかけたとき、美しい風景の中の鉄道を追い求めて北海道ばかり行った時、外国に活路を見いだそうとしたとき、そして、地元密着で足元を見つめ直した時と、これは私の半生の歴史そのものです。「労軽好人」にはそんな意味もあります。
さて、そんなことを思いながら、会場の「国立国際美術館」を閉館時刻に発ち、渡辺橋駅から向かった先は、京阪電鉄天満橋です。2009年9月17日に記事にしましたが、ここでこの時期にしか見られないシーンがあります。天満橋の橋上から京橋側を狙いますと、バックにあるOBPのビル群が夕陽に照らされて赤く染まるのです。再度狙ってみることにしました。ただ、今までの経験上、すばらしいシーンというのはあまり十分には再現されないものです。今回もそこそこのものは撮れましたが、あくまでそこそこです。撮影時に背後が真っ赤にならないと見事なシーンになりきれません。今日の背後の写真も同時にアップしておきますが、そこそこの路上スナップ!?(笑)でしょ...
天満橋ビル夕景.jpg 天満橋夕景.jpg
しかし、ただ残念がるだけではありません。通りがかりの見知らぬ大阪のオバさんが撮影後、突然私にヒントをくれました。「こないだ良かったよぉ〜。満月のお月さんが上がって...」ウッ!いいことを聞いてしまった。森山大道氏も上記の著書のなかで「とにかく表へ出て、歩け!理屈はあとでいい」とおっしゃっています。まさにこういうことなのかもしれません。次なる課題は高感度撮影ですかね。
posted by 労軽好人 at 23:57| Comment(2) | 鉄道写真撮影記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする