2009年09月24日

京阪電鉄撮影記〜天満橋のたそがれシーン2

今日はカンタンに。先週と同じ京阪電鉄天満橋ー京橋です。
前回は見事な夕刻シーンを撮れました。そして、今日もう一度...と思いましたが、かつての姫新線と時と同じく、一度行ってすばらしかったといって二度訪れると、大抵はもうひとつになります。写真は一期一会なんですね。
天満橋.jpg
今日のこの写真は単独で見ると水の都らしく、そこそこ良いとは思いますが、前回がすごかっただけにあくまで「そこそこ」のレベルです。
ここを狙う方は今日は私以外にもおられましたが、是非継続的に追求してほしいところです。そうすればきっとすごいシーンに出会うと思います。
継続こそ力ですね。
タグ:京阪 天満橋
posted by 労軽好人 at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄道写真撮影記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

京阪電鉄撮影記〜天満橋のたそがれシーン

前回記事で「ああ、内臓写真撮影記」なんてタイトルにしたところ、seesaaブログ内のランキングが急上昇!(笑)そんなに他人が苦しむのがおもろいのですか...
まあ、それはさておき、元気を取り戻して今日は手始めに京阪天満橋の撮影であります。なんだ...なんて思わないでください。ここは私としては極めて手近で撮れるそして一級の撮影地だと思っています。
現在、大阪では「水都大阪2009」と銘打ったイベントが行われています。知事と市長が水から顔を出したポスターをご覧になった方も多いかと思います。特に今、天満橋の駅前の大川(旧淀川)の八軒家浜に浮かぶ巨大フローティングダックが話題になっています。
水都2009.jpg
私もとりあえず見にいきましたが、今日はこちらがメインではありません。この時期にしか撮れない至極のレールウエーシーンを狙いに来たんです。

秋分の日にほど近いこの時期は太陽が真西に沈みます。大川に架かる天満橋に立つと天満橋駅の地下から京橋方へ出てきた(入っていく)京阪電車が大阪城公園近くのOBPのビル群をバックに撮れます。方向はほぼ真東です。ということで夕刻になると、このような状態になります。
ちょうど船と飛行機が来ました。
天満橋夕刻.jpg
しかし、圧巻はこれからです。日没直前、西の空が茜色に染まりだすと、それに呼応して、ビル群が真っ赤に燃えあがり始めます。まるで今年元旦に撮った、御殿場線の赤富士のようです。
そして狙いどおり、高層ビル群だけがまるでライトアップでもしたかのように浮かびあがりました。
天満橋日没.jpg
α700のDレンジオプティマイザーを効かせて、ややアンダーぎみで撮ると、ビルの赤みが強調されてかつ、列車部分の暗部も出ました。
約束どおり、鉄道写真撮影記で元気を取り戻しました。やっぱりこれが一番ですね。
posted by 労軽好人 at 23:56| Comment(5) | TrackBack(0) | 鉄道写真撮影記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月10日

ああ、内臓写真撮影記

この間やや憂鬱な日々であった。健康には気をつけているのに、年1度の健康診断で大腸検査に引っかかったからだ。もし大病だったらどうしようなどと考えてしまう。そうなると鉄道写真撮影にも気が入いらないものだ。
冒頭からうっとしい話で申し訳ございません。そんなわけでこの間は鉄ちゃんしてません。しかし、今日結論からいえば、「無罪放免」になりました。異常なしということです。やったね!と言いたいくらいです。
今日あまり行き慣れない大きな病院に行ってきて検査を受けました。胃と大腸にカメラを入れるという極めて苦痛な作業です。特に腸の方は痛いの苦しいので大変でありました。検査の時間がやたら長く(検査までの待ち時間も長かったが)まるで拷問を受けているような感じすらしました。あの姿は時代劇の白洲に座らされて奉行所の取調べをうけているところを思い起こしました。そんなこと言うと医療関係者に失礼で「誰のための検査か!」と怒られそうですが、鎮静剤を打っての検査とはいえ、もうちょっと苦痛のないものにしてくれないのかと正直思いました。今日ばかりは内視鏡シェアNO.1のOLYMPUSのロゴが恨めしく思いました。
と、まあ、勝手なことをいいましたが、検査が終わり先生から、「気になるところは特にありません。」と言われたときの精神的安堵感は身体的苦痛から解放された安堵感とクロスし、やれやれという気持ちと、もともと「病気のはずがない」という自信からか、「当然だ!」という勝ち誇ったような気持ちがないまぜになったような気がしました。それで冒頭、裁判に勝ったような気持ちから「無罪放免」というコトバを使いました。
今年3月には同級生が亡くなりました。また、今の自分の年齢のとき私の母は亡くなっています。ということで、「いやな予感」という根拠のない不安を吹き飛ばす意味が今回のことにはあったと思います。
どうもすいません。こんな記事は読者のみなさんが期待されるようなものではありませんね。「内臓写真撮影記」なんて...
次回こそは元気取り戻して「鉄道写真撮影記」にしますね。
posted by 労軽好人 at 21:13| Comment(2) | TrackBack(0) | ちょっと脱線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする