2009年05月31日

ソニーα700を買いました!

ソニーα700を買いました!ということで、「カメラ・レンズ・機材論」新カテゴリーの発足です。
すでに何度か予告めいた発言をしていた私でありますが、やっと本当に買い替えました。例えば、2008年12月04日の「姫新線撮影記2〜佐用の朝霧をゆくキハ47」では性能のよい液晶で事前に露出を決めれるメリットを言ったり、2009年01月02日の「東海道新幹線、伊豆箱根鉄道撮影記〜日本晴れ赤富士でしめる」では新幹線撮影での失敗を踏まえて、シャッタータイムラグが少なく、高速連写可能な中上級向けカメラの必要性を述べながらもうこれは買い替えしかないと言ったりしました。
お金がフンダンにある方にとっては、今頃何言ってんの...の世界かもしれませんが、低コストで高結果がほしい私には重要なことです。
もちろんお金が湯水のごとくあるのであれば、三原駅で500系を撮っていたときに横にいた人のごとく、ニコンD3などがほしいところですが、そうもいかないので妥当なところで検討しました。
やはり一眼レフの選択というものはレンズ群の充実と一体化したものです。キャノン、ニコンの2大巨頭が一般的にはいいでしょう。
しかし私の場合はカメラの選択ひとつとってもひねくれたこだわりがあるのかもしれません。中学生の時の父親のキャノンFTが一眼レフ鉄ちゃんの事始でしたが、その後大学生になってからメカニカルシャッターの耐久性にこだわりながらもレンズ群を含めて軽い、小さいということでオリンパスOM-1を購入し、以後AF(オートフォーカス)時代になろうともずっとOM-1、そしてOM-4を使い続けました。約20年です。
21世紀になり、さすがにAF機に移行しないわけにいかなくなってきて検討した結果、ミノルタα-7がどうしても欲しい!と思い、決断ができました。他社の中級機に比べても面白さ、コストパフォーマンスに優れていたのです。
そうなんですね、どうしてもという理由がないとノルウェーの北の端まで連れて行った長年の愛着のあるカメラを引退させられないのですよ、私は。
その後、レンズ群を含めて安く手に入るメリットを生かして17mmから400mmまでラインナップしたことは2008年8月28日の記事で述べたとおりです。
このことにより、新幹線、近江富士+虹金賞写真を撮れたのでありますからやっぱり間違いではなかったでしょう。
とはいってもデジタル時代になってあちこち目移りするなかで今後どうすべきかということになるのですが、ここからやっとデジタル一眼の話です。
私はフィルムが主でデジタルはサブという考えを捨てきれずにいたので2006年当時はその考えからコニカミノルタのα-Sweet Diditalを中古で買い、レンズをそのまま流用してきました。本ブログの写真も大半がこのカメラで撮ったものです。しかし上記のように時代は大きく変わり、デジタルは1000万画素当たり前時代になりました。600万画素しかなくシャッターも陳腐なα-スイートデジタルではもう対処できなくなり今回の買い替えとなったわけです。
それでなぜα700なのかといえば、ひとこと、私のニーズに合った高性能を備えた格安のカメラであるからであるといえます。
アルファ製品がコニカミノルタからソニーに移管してから初めてのSONYブランド製品購入になるのですが、このカメラは2007年秋に登場してまだ2年も経っていないのにもう影が薄く品薄にもなってしまっています。なぜなら、今のトレンドから外れているからです。今のデジイチのトレンドとは、
1.35mmフルサイズ画素子
2.ライブビュー機能
3.動画撮影
4.小型化
などであるが、いずれも該当しない「カタブツ」であるといえます。しかし、それらは私にとってはあえて不要な(あればあるでいいのだが)機能でしかなくそれゆえにカタログがにぎやかでなくても基本性能いいものが安く買えるのであれば大歓迎であるといえます。α700は発売当初18万円程度していたのが今や8万円を切っての新品購入(品薄で取り合い状態だがそこは情報戦で勝ちましょう)ができました。カメラに限らずモノを買う時には何にこだわるか自分の考えをしっかり持つことが大事だと思います。
実際の使用レポートはこれから追々あげてゆくとして今回は選択の考え方の記事とさせていただきました。
posted by 労軽好人 at 03:27| Comment(2) | TrackBack(0) | カメラ・レンズ・機材論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月14日

近鉄南大阪線撮影記〜夕陽の二上山3回目

前回記事は各方面からお問い合わせをいただきました。ありがとうございました。該当の雑誌「鉄道ダイヤ情報5月号」は書店店頭から消える時期になりました。私自身は複数冊保存してますよ。1冊は閲覧用、1冊は保存用、1冊は自慢用...(イヤミですね。やめときます。)
それから、悲しいニュースも入りましたね。著名なプロ鉄道写真家真島満秀氏が亡くなられたそうですね。氏の写真や運営されている事務所の書物、そしてお弟子さんの写真まで含めると多大な影響を私も受けてきたと思います。ところが...です。驚いたことに亡くなられた日は今年の3月14日なんですが、本ブログで3月以来たびたび触れている私の友人が亡くなった日と同じなんです。もう今年の春は忘れられない春になりましたよ...
さて、それで今日の鉄道写真撮影記ですが、近鉄南大阪線浮孔ー坊城です。同じ場所での3回目であります。去年の5月15日7月24日に撮影したのですが、今年も二上山に夕陽が沈むこの季節に撮影に来ました。しかも同じように飛鳥資料館で青龍白虎のキトラ古墳壁画を見た帰りであります。恒例行事のようになってきましたね。
場所の詳しい情報とここで撮影しようと思った理由についてはそちらの記事をご覧いただくとして今回は撮影場所の写真をお見せしておこうと思います。
住吉川踏切.jpg
エゲツナイ場所でしょ。車一台がギリギリ通る踏切の下の鉄橋の横のコンクリートのところからの撮影です。下の平らになってる場所じゃないですよ。斜めになっているところで踏ん張りながらの撮影です。ここでしか撮れないんです。我ながら元気でしょ...
で、肝心の写真ですが、やはり昨年と同じく日差しが強すぎました。夕陽がきれいな○になりませんでした。気象条件との厳しい戦いのようですね。だからこそ撮り鉄はおもしろいのですが...
今回はイメージ写真をアップします。日没後も含めてなかなか感じいいでしょ。飛行機雲のがある写真は車体にもそれが写り込んでいます。
PICT0043.JPG PICT0066.JPG

PICT0079.JPG PICT0092.JPG
道路の橋脚もシルエットにするとなぜか架線柱などと同じく構造物として不思議な存在感があります。普通に撮るとただの邪魔なのに妙なアクセントになりますね。
またもう一度行くか?それはわかりませんが、こうなったらやり続けるしかないでしょうな...こうやって写真の完成度を高めていくのが私のやり方です。
今日はこの後、こんな撮影場所にも耐えうる強靭な肉体を作るべく大阪に帰ってフィットネスクラブでバーベルトレーニングをしてきました。
元気に長生きしたいんですよ私は。
posted by 労軽好人 at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄道写真撮影記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする